Rumikoの日記

生後すぐに捨てられた猫ちゃんを育てました。

目がまだ開かない子猫。

150gだったもみじちゃん

ど〜んとこんな姿に!

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獣医師曰く、痩せないと腎臓が悪化し短命になると言われましたが、なかなか上手く行きません。

今の体重はなんと!なんと!7㎏!!!

どうしよう!?

今日のもみじちゃん19時半から体調崩して5回も嘔吐

保護した時から胃腸が余り丈夫な猫ちゃんではありませんでした。凄く調子の悪い時にはいつも泣かないもみじちゃんが『助けて!気分が悪いよ!』みたいな感じで泣くんです。今やっと落ち着いたようです。今日も、もみじちゃんと一緒に寝ます💖

もみじちゃんといつも一緒に寝ています。身体が大きくなりベットの半分占領します。でも可愛いから許す!それにとても暖かいし、癒される。朝早く起こされるけど。笑

多くの思い出の詰まった実家の解体が昨日行われました

子供達はこの映像を見ようともしません。仕方がないです。沢山の思い出が詰まった家ですからね。解体費用は何と!¥2.323.574となりました。何故この寒い冬に行うかと言うと、夏の繁忙期は高くなるからです。

空き家問題は都市部も含めた日本の大きな問題です。
空き家対策特別措置法が施行された後、初めて行政によって取り壊しが行われたのも、神奈川県横須賀市の空き家でした。

大きな原因は人口減少です。一方で新築の着工数は引き続き多く、空き家は増加し続けています。
世帯数の減少もいよいよこれから始まる中、問題はますます深刻になると見られています。

その一方で国や自治体は対策を、民間企業は今後を見据えたサービスの提供を始めています。

もしあなたの親が持ち家やマンションを持ち、離れて住んでいるなら、いずれ相続する日が来ます。
空き家問題は決して他人事ではありません。

子供達に負の遺産を残しながら逝くことが有っては行けないとずーと悩んでおりました。体験した事ですが、会った事も無い遠い親戚から、遺産相続の書類が送られてきました。驚き内容を調べると負の方が大きい。相続権放棄いたしました。

木が大木となり、一部家が壊れて近隣の方々がとても不安になっていました。マンションの売買からお世話になってる不動産が手を貸してくださいました。心より感謝しております。思いは、これで子供達に迷惑をかけないで済むと言う思いと、寂しい気持ちで複雑な心境です。

母に逢いに行くたびに痩せて、帰る私達を見送る母がとても寂しそうで、一人暮らしは難しいと考えました。母も寒い所はもう嫌だと言う事で、今の家に一緒に住む事となり実家は空き家となりました。2004年に今の所に移り住んだ訳ですか、16年も空き家になって居た訳ですね。人が住まなくなると劣化するという事は有名ですよね。

全ての方向性の間違いに気づき昨日は寝られませんでした。

もみじちゃんにたっぷり癒して貰いました。何か変化を感じると、側から離れることなく、両手で私の手を挟みぎゅーとしてくれます。不思議な癒しパワーです。

家中がもみじちゃんのテリトリー。この日は娘のベットでのびのび〜していました。

人は多かれ少なかれ心に傷や、変え難い過去を背負って生きているものだと思います。

その様な過去とさよならをして前に進むしか有りません。私は父に抱かれた記憶が有りません。何故なら、産まれてすぐに仕事中転落死で父を失ったからです。私は未熟児で産まれました。母は自分の力で産むことが出来ず帝王切開でしたから、共に一ヶ月北大病院に入院していました。母は、父を失ったショックから母乳も出なくなったと話しています。そこから母と私の大変な生活が始まりました。

私は母が大好きで、離れて暮らすと言う事はとても辛いことでした。でも、母親を心配した兄弟は、私の面倒を見ると言う事で、13人兄弟の家を転々としました。母親が駅のホームから見送る時に『行きたくない!』と泣いて叫んでいた事をはっきり覚えています。母親に聞くと覚えているはずが無いと言いますが、こうしたショックな事は良く覚えて居るものなんです。

母は私が小学校に入る前に再婚しました。小学校に入れば何かと父親がいない事で、私が大変な思いをすると考えた末の再婚でした。でも、正直なところ母親だけ居れば良かったのです。大きくなれば母親を助ける事だって出来ますし、私に父親は必要なかったと今でも思っています。私は父親と同じ顔立ちをしています。私にとって父親はたった一人だと今も思っています。正直父には何としても生きていて欲しかった。

動画配置しましたが、アドレスをクリックしないと見られないようです。以前新しい画像編集ソフトで作成したものです。

https://rumikoart.files.wordpress.com/2020/02/jrpr7298.mov

産まれたばかりの子猫も人間と同じなんです。動物の赤ちゃんはとても可愛い。だから愛情を注げるのだと思います。

人間の赤ちゃんも産まれたばかりの時には、いっぺんにお乳を飲めないので、3時間おきに授乳します。オムツを変えたり、お尻を拭いたり、入浴も注意しながらしますよね。仔猫も同じなんです。余りにも小さいので、一緒に寝るということは出来ません。(潰す可能性が)産まれてすぐ捨てられた仔猫は、母親の愛情(授乳とか)を知らずに育つわけです。不憫でならず、家族総出で見守り続けました。ゴムの乳首になかなか慣れず(哺乳瓶)授乳が一番難しかった。途中スポイトであげることも。普通なら兄弟3匹で身を寄せ合い、母親のお乳を飲みながら育つわけですから。

今までの体験では、既に獲物を捕獲出来る仔猫の保護をしてきました。その全てが3匹兄弟で、男の子が2匹、女の子が1匹であることを体験しています。もみじちゃんは女の子でした。(性別に関して確実なことは半年経過しないと判明しません)頭のとてもいい仔猫で、一度で何でも覚えてしまいます。そして、寂しくなると人間の赤ちゃんの様に可愛い声で泣きます。生後2週間もすると目が見える様になります。保護した時は目が塞がっていましたから。

その時、家族の誰が一番先に見てもらえるかなってやっていましたね。目の色はどんな色かとかとても楽しみでした。ペットロス症候群だった私たち家族が、その事を忘れるほど忙しく、癒される毎日を過ごすことに。

天国のミミちゃんが、『もう悲しまないで!』と奇跡的な出逢いを与えてくれたと思っています。何故なら、あの後一度も仔猫の出逢いが無いからです。本当に運命的な出逢いでした。

2013年9月5日運命的な出逢いをする事に!

内科の診察が終わり、いつも立ち寄る某大手スーパで買い物。広い敷地内に100円ショップやマツモトキヨシ、洋品店があります。マツモトキヨシで買い物をしてからスーパで買い物。マツモトキヨシに駐車する為には、一度前に出てバックで駐車します。前に出た時に、車道の真ん中に黒い物体が。驚いて車を降り確認すると、何と!何と!仔猫じゃ有りませんか。動く事も出来ず蹲って居ました。冷たいコンクリートの上で、車の通り道に。心臓が飛び出すのではないかと思うほど驚きました。買い物を取りやめ、急いでミミちゃんが診て頂いていた獣医病院に駆けつけました。到着する間、この仔猫の命は大丈夫かと不安でなりませんでした。診察が終わり説明を聞く事に。『この子のはとても綺麗な状態です』『まだ自分で保温管理出来ませんから、この様にペットボトルにお湯を入れてペットシートで包み保温をしてあげてください。』『この子は産まれたばかりの仔猫ですから、ミルクをあげる様に。』もみじちゃんは発砲スチロールの中に、2本のペットボトルで保温された状態で私たちの前に。えっ!産まれたばかり。初めての経験です。大概は何でも食べられる様になっている仔猫の保護でしたから。その後、ハンカチに小さいものを包んだご婦人が青ざめた顔で来院。お話を聞くと、同じ場所での仔猫でした。その仔猫は内臓が飛び出し、苦しむのは可哀想だから、安楽死してもらう為に来院したとの事です。家の庭に埋葬してあげたいと言われてました。とても悲しそうな表情でした。前にこのスーパーで勤めていた事が有って、よく人間が仔猫を捨てて行くらしく、何度も上司に相談していたとの事でした。もみじちゃんの兄弟だったのです!元気なもみじちゃんを見て、嬉しそうに写真を撮らせて頂けますかと言われました。助からない仔猫の事で悲しんでいるおばあちゃんに見せたいとの事でした。このご婦人は数匹保護猫を飼っているとの事でした。もし、その仔猫が生きていたら、もみじちゃんと仲良く遊んでいたのにと後で思うのでした。正直もみじちゃんを育てる事はとても大変でした。

ペットロス症候群 其の2

今も時々ミミちゃんの事を思い出します。忘れるには相当の年月がかかると思います。そして、無理に忘れなくても良いのではとも思います。ミミちゃんの死が近づくにつれ、死んだ後の事を家族で話し合いました。色々調べました。調べて行く内に、ペットの遺体を焼く際、他のペットの遺骨と一緒になってしまう事。それはとても嫌ですよね。その他、遺骨を宝石やペンダントにする事。とても悩みました。そして悩んで出した答えは、家の庭に埋葬するという結論に。2012年6月24日永眠。8年と言う月日が経過しても、共に歩んだ17年間の思い出は今でも鮮明に覚えています。

身体を布で覆い、顔に土が被さらないよう顔にも布をかけて、少しずつ土をかけて埋葬しました。季節の花を植えたり。私の部屋を開けると、いつでもミミちゃんのお墓を見る事が出来ます。

もう2度と動物を飼わないと決めていましたが、2013年9月5日運命的な出逢いをする事に。

沖縄の洞窟から差し込む光がとても綺麗でした。